折り紙について
目次
折り紙の歴史
日本の伝統文化である折り紙は、少なくとも1000年以上の歴史を持つとされています。
その起源には諸説ありますが、平安時代には模様や彩色、金銀箔をあしらった美しく質の高い和紙が作られるようになりました。
当初は主に記録用だった和紙ですが、やがて貴族たちの間で大切な品物を包むためにも使われるようになります。
和紙を懐に忍ばせて持ち歩いた懐紙や進物を包む文化は、現代にも伝わる「たとう折り」を生み出し、やがて「儀礼折り紙」へと発展していきました。
"貴族社会では懐紙を携行することが一般的になり,物を包むにも紙が用いられるようになった. 懐紙や包み紙はいずれも「畳紙」「帖紙」などと書き,「たとうがみ」と読む. 「たたみがみ」が変化して生まれた言葉である."
[引用]岡村昌夫・三浦公亮.折り紙の事典.朝倉書店,2024.p4.
江戸時代に入ると和紙の生産量が増え、折り紙文化が町民の間で広く普及しました。
子供たちの遊びや娯楽としての「遊戯折り紙」が親しまれる一方で、女子の教訓書などを通して、礼儀作法としての「儀礼折り紙」も実用知識として広まっていきました。
まさに、あらゆる庶民文化が花開いた江戸時代。
当時の本の挿絵や浮世絵にも、折り紙を楽しむ人々の姿が数多く描かれています。
世間の流行に合わせた新しい折り方が次々と考案され、寛政9(1797)年には、連鶴の技法を記した、現存する世界最古の折り紙書籍『秘伝千羽鶴折形』が刊行されました。
明治時代を迎えると、折り紙は学校教育のカリキュラムに取り入れられ、文字や数を学ぶための親しみやすい教材として活用されるようになります。
欧米から伝わった教育理論と、日本古来の折り紙文化が融合し、その表現力はさらに豊かになっていきました。
しかし大正から昭和へと時代が進むにつれ、「お手本を真似して折るだけでは、子どもの創造性を育みにくい」という議論が巻き起こります。
"昭和33(1958)年改訂の「小学校学習指導要領 第6節 図画工作」からは、「折り紙」という文字が消えてしまった. 教育制度上から「折り紙」の文字はなくなったものの,その後出版された教科書にも折り紙作品は散見された. ただ,「おりがみ」「折り紙」といった名称は回避され,掲載も減って紙工作の1つとしての扱いになり,現在に至っている."
[引用]岡村昌夫・三浦公亮.折り紙の事典.朝倉書店,2024.p47.
こうして教育の場では一時その価値が問われた折り紙ですが、現代では新たな花を咲かせています。
現代においても折り紙は日本の文化的遺産として大切にされ、その緻密に作られた折り紙の美しさは世界からも注目されています。
さらに、折り紙の図案や技法は進化し、宇宙工学や医療をはじめとする先端科学技術の領域にも応用されるようになっています。
使われる素材も和紙のみならず、金属箔や合成樹脂などへと広がりました。
コンピューターや3Dプリンターなどの技術の進歩により、新しい折り方や技法が次々に考案され、これまでにない複雑で独創的な作品が生み出されています。
国内外の作家たちが築き上げた折り紙のネットワークは、折り紙の持つ芸術的・科学的価値を世界へと発信し続けています。
いまや「Origami」は国境を超えた共通言語となり、世界中の人々を結ぶ架け橋となりました。
折り紙は今も、日本の誇り高き文化芸術として未来へ向けて新たな進化を続けています。
世界の折り紙
実は、日本と同じように世界各地にも独自の「伝承折り紙」が存在します。
なかでも有名なのが、スペイン語で「パハリータ(小さな鳥)」、フランス語で「ココット(めんどり)」と呼ばれる鳥の折り紙や、長方形の紙から折る船や帽子です。
このように折り紙の源泉は日本だけでなくヨーロッパにもあり、互いに影響を受けることなく独自の折り紙文化を発達させていたと考えられています。
おりがみアート
かつて子供の遊びや手習いの一環であった折り紙は、今や「伝承」や「教材」の枠を飛び出し、独自の芸術「おりがみアート」へと進化を遂げています。
その「おりがみアート」で新たな表現領域を切り拓いているのが、「ART GALLERY 折神」です。
世界共通語となった「Origami」に、日本の美意識と現代的な感性を融合させた「ART GALLERY 折神」の挑戦は、折り紙が持つ無限の可能性を提示しています。
伝統を守りながらも革新を続けるおりがみアートは、生活空間に彩りを与えるインテリアとしてはもちろん、国境を超えて人々を魅了する現代日本の新たな芸術文化として、世界へ向けてその価値を発信し続けています。
[参考]
岡村昌夫・三浦公亮."折り紙の歴史".折り紙の事典.朝倉書店,2024.p2-75
萩原一郎・奈良知恵.折り紙の科学.日刊工業新聞社,2019.p2-7
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